大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成元年(ネ)608号 判決

控訴人

福岡県

右代表者知事

奥田八二

右訴訟代理人弁護士

前田利明

森竹彦

右訴訟復代理人弁護士

三ッ角直正

右指定代理人

牛島洋治

中ノ森稠基

被控訴人兼被控訴人尾崎英弥訴訟代理人弁護士

田邊匡彦

被控訴人兼被控訴人田邊匡彦訴訟代理人弁護士

尾崎英弥

右両名訴訟代理人弁護士

吉野高幸

住田定夫

配川寿好

横光幸雄

江越和信

荒牧啓一

年森俊宏

河辺真史

前田憲徳

佐藤裕人

安部千春

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張等

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決事実摘示中「被告上田保」、「同被告」及び「相被告」とあるのを、すべて「上田保」と、同七枚目裏三行目に「弁護人となろうとした者」とあるのを「弁護人となろうとする者」と、同八枚目裏一一行目に「あったころ」とあるのを「あったところ」と、それぞれ訂正し、同一〇枚目表九ないし一〇行目の「接見交通権の保障は」の次に「、防禦の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡する権利の保障を定めた『市民的及び政治的権利に関する国際規約』(以下『国際人権B規約』という。)一四条三項bや、その解釈基準ともなる国際連合総会で採択された『あらゆる形態の抑留又は拘禁の下にあるすべての者の保護のための諸原則』(以下『被拘禁者保護原則』という。)が接見交通権は原則として停止されたり制限されたりしないもので、例外的な制限も法律等の定めがある場合で、裁判官等が、安全と秩序を維持するため不可欠と判断した場合に限られると定めているように、」を加える。

二  原判決一〇枚目表一〇行目の次に改行の上、「6 刑事訴訟法三九条三項は、接見交通権に何らの制限規定を置いていない憲法三四条に違反する疑いがあり、また、裁判官以外の捜査官が捜査の必要があるときに接見交通権を制限できる点で被拘禁者保護原則に、弁護人と連絡するための十分な時間と便益を侵害する点で国際人権B規約に違反し、無効である。」を加え、同表一一行目冒頭の「6」を「7」と、同行に「刑事訴訟法三九条三項に基づき」とあるのを「仮にそうでないとしても、刑事訴訟法三九条三項は、限定して解釈すべきであり、同条項に基づき」と、それぞれ訂正し、同裏初行の「必要がある時で、」の次に「かつ、」を、同行ないし二行目の「顕著な場合」の次に「で、しかも、被疑者の防禦権を侵害しない場合」を、それぞれ加える。

三  原判決一一枚目表四行目冒頭の「7」を「8」と訂正し、同裏五行目の「同被告は」から同裏六行目末尾までを削り、同裏七行目の「右相被告(当審での訂正後の上田保)」の次に「及び髙巣久人」を加え、同裏九行目冒頭の「8」、同一二枚目表八行目冒頭の「9」を、それぞれ「9」、「10」と訂正する。

四  原判決一二枚目裏初行の「弁護士であること」の次に「及び後段のうち上田保が八幡署の警務課長、髙巣久人が刑事官であること(ただし、上田保は庁舎管理、留置場管理等の職務上、被控訴人らと応対し、その接見申出を接見の許否について権限を有する髙巣刑事官に取り次ぎ、協議の上、同刑事官の指示を被控訴人らに伝えたものである。)」を加え、同裏八行目に「午後」とあるのを「午前」と訂正し、同一三枚目表一二行目ないし末行の「取調べ等」の次に「(共犯者を含む。)」を、同裏初行の「接見日時を」の次に「右取調べ等の終了が想定される」を、同行の「ことに決し」の次に「(なお、当日は日曜日で、留置場担当者も極めて多忙であり、早い時間に接見させることは不可能な状態であったうえ、署外に参集した抗議の人々と呼応して接見要求を繰り返す等の捜査妨害にわたる行為がなされる状況下では、それらのことを説明して被控訴人らと協議することもできなかった。)」を、同一四枚目表五行目の末尾に「綾正博に対する第一回目の取調べは、午前八時二五分ころから同一〇時六分ころまで、第二回目は午前一〇時四〇分ころから同一一時三〇分ころまで行われた。」を、同表八行目の末尾に「綾正博に対する被控訴人らの接見後の取調べは、午後二時五分ころから同四時三〇分ころまでと、夕食後は午後五時三〇分ころから同七時三〇分ころまで行われた。」を、それぞれ加える。

五  原判決一四枚目裏五行目に「二四日」とあるのを「二五日」と訂正し、同一五枚目表初行末尾の次に「同日は、捜査担当者は、午前八時三〇分から綾正博に対する検察官送致前の最後の取調べに入り、午前九時三〇分は取調べの最中であった。上田保は右状況を知っており、取調べを中断させて接見させることはできないし、取調べが一段落するまでは取調べ状況の確認をするのも相当ではないと判断したため、接見の指定が遅れたが、右状況に照らし若干の遅れはやむをえなかった。」を加える。

六  原判決一五枚目表四行目に「請求原因4は不知。」とあるのを「請求原因4は否認する。被控訴人田邊匡彦は北九州第一法律事務所の弁護士ではなく、単に国民救援会(綾正博が同会の弁護士を弁護人に指定した事実はない。)の依頼で活動していただけで、弁護人を選任することのできる者の依頼により弁護人となろうとする者にあたらず、綾正博が被控訴人田邊匡彦に対し弁護人選任の意思を表明したのは同日午前七時五分ころである。また、被控訴人尾崎英弥も同様に、当初八幡署に到着した時点では弁護人となろうとする者ではなかったし、綾正博も『田邊弁護士がだめなら尾崎弁護士に依頼する』と述べただけで、被控訴人尾崎英弥を弁護人に選任する意思を表明していない。」と、同表五行目に「5ないし7は争う」とあるのを「5ないし8は否認ないし争う。」と、それぞれ訂正し、同表六行目冒頭から一〇行目末尾までを削る。

七  原判決一五枚目表一一行目冒頭の「7」を「6」と訂正し、同行の「本件の場合」の前に「仮に被控訴人らが弁護人となろうとする者であったとしても、」を加え、同裏二行目の「接見交通権」から同三行目末尾までを「同一系列の法律事務所に属し、弁護人選任届も出さず、むしろ、当初から弁護人になる意思もないのに接見交通権に藉口して、共産党市議会議員を同道したり、八幡署に参集した抗議の人々に呼応し、警察への抗議活動と捜査妨害を展開したもので、接見交通権を濫用したものである。」と改める。

八  原判決一五枚目裏四行目冒頭の「8」を「7」と訂正し、同一六枚目表末行の次に改行の上、「このように、捜査の必要性については限定説と非限定説の対立があるが、控訴人は具体的必要説、すなわち『被疑者を取調中であるなど被疑者の身柄そのものを現に利用して捜査を行っている場合のみに限定されるものではなく、当該事件の内容、捜査の進展状況、弁護活動の態様など諸般の事情を総合的に勘案し、弁護人等と被疑者の接見が無制約に行われるならば、捜査機関が現に実施し、又は今後実施すべき捜査手段との関連で、事案の真相解明を目的とする捜査の追行に障害が生じるおそれが顕著と認められる場合をいう。』との解釈が正当であると考える。そして、本件の場合は、前記の諸般の事情に照らし、所定の時間内に捜査を遂げて事件を検察官に送致するためには、接見の指定が許される場合であったというべきである。」を加え、同裏初行冒頭の「9」、同裏九行目冒頭の「10」を、それぞれ「8」、「9」と訂正し、同一七枚目表四行目冒頭から同一〇行目末尾までを削る。

理由

一当裁判所も被控訴人らの本訴請求は、原判決が認容した限度において正当としてこれを認容し、その余は棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決理由説示中「被告上田保」及び「同被告」(原判決三七枚目表二行目の分を除く。)とあるのを「上田保」と、「被告ら」とあるのを「控訴人」と、すべて訂正する。

2  原判決一七枚目裏二行目の「弁護士であること、」の次に「上田保が八幡署の警務課長、髙巣久人が同署の刑事官であること、」を、同裏九行目の「申入れをしたこと、」の次に「上田保らが被控訴人田邊匡彦に対しては午前七時二〇分ころ、同尾崎英弥に対しては同七時四〇分すぎころ、綾正博との接見時刻を午後四時と指定する旨を告知したこと、」を、同裏一二行目から末行にかけての「申し入れたこと、」の次に「上田保が午後七時ころ被控訴人尾崎英弥に対し、綾正博と午後七時三〇分に接見させると伝え、同被控訴人ほか一名が同日午後七時三〇分ころから同署で綾正博と接見したこと、」を、それぞれ加え、同裏末行に「翌二三日」とあるのを「翌二五日」と訂正し、同一八枚目表初行の「申し入れをしたこと、」の次に「上田保が午前一一時ころ被控訴人尾崎英弥に対し、綾正博と接見させると伝え、同被控訴人ほか一名が同日午前一一時一〇分ころから同署で綾正博と接見したこと、」を、同表三行目の「そして、」の次に「右当事者間に争いのない事実、」を、それぞれ加え、同表三ないし四行目の「、弁論の全趣旨」を削り、同表九ないし一〇行目の「争わない」の次に「から自白したものとみなす」を加える。

3  原判決一九枚目表一二行目の「甲第二号証、」の次に「原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証」を、同裏二行目の「六号証、」の次に「弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる乙第二、第三号証、原審」を、同行の「同髙巣久人」の次に「、当審証人松井次雄」を、それぞれ加える。

4  原判決二〇枚目表五行目の「国民救援会か」を削り、同表七行目の「朝食後、」を「同七時三〇分ころ朝食を食べ、同七時四〇分すぎころから」と改め、同表八行目の「一旦」の前に「同八時すぎころ」を加え、同表八ないし九行目の「午前九時頃から三〇分程度」を「午前八時三〇分ころから同一〇時ころまで」と、同表九ないし一〇行目の「午前一〇時頃から一時間程度」を「午前一〇時四〇分ころから同一一時三〇分ころまで」と、同表一〇行目の「午後一時頃から」を「午後一時一〇分ころから」と、それぞれ訂正し、同表末行の「警備課」の次に「及び県警察本部の警備課」を加え、同裏三行目の「午後一時頃からの」を「午後一時一〇分ころからの」と訂正し、同二一枚目表七行目の「指紋採取」の前に「朝食後できるだけ早く」を加える。

5  原判決二二枚目表二行目の「受取った」の次に「(その時刻は午前六時五五分ころであった。)」を、同表一一行目の「留置場で」の次に「就寝中であった」を、同二三枚目表九行目の「接見の日時を」の次に「一連の捜査が一段落する時刻と考えられる」を、同表一二行目の「告げたこと」の次に「(右の決定は、捜査の責任者である髙巣刑事官が上田保らと協議して決め、上田保をして告知させたものであり、本件における接見ないし接見指定に関する上田保の行為は、いずれも髙巣刑事官の指示に基づくものである。なお、右の綾正博に対する取調べ予定等は、午前八時ころ福岡市から応援に来て取調べを担当した県警察本部警備課の警察官松井次雄にも伝えられた。)」を、それぞれ加える。

6  原判決二六枚目表七行目の「午後一時頃から」を「午後一時一〇分ころから」と、同表末行の「後刻」を「右接見に引き続き」と、それぞれ訂正し、同裏初行の「署名等」の次に「(氏名を黙秘しているため留置番号の記載と指印の押捺)」を、同裏二行目の「こと」の次に「(ただし、送検後に検察庁に提出する予定で、八幡署には提出しなかった。)」を、それぞれ加え、同裏三ないし四行目の「午後三時頃から一時間程度」を「午後二時すぎから同四時三〇分ころまで」と、同裏五ないし六行目の「同日その後取調べ等なかったこと」を「更に夕食後も午後五時三〇分ころから同七時三〇分ころまで取調べを受けたこと(なお、同人は被疑事実についても終始黙秘を続けたため、取調べを担当した松井次雄は、午前八時三〇分ころから同一〇時ころまでの取調べの際に黙秘調書を作成したが、その後の取調べの際には供述調書を作らなかった。そして、午後三時すぎからの取調べを同四時三〇分ころ打ち切ったのは夕食を食べさせた上、若干の休憩をとらせるためであり、夕食後の取調べも予定していた。そして、夕食後の取調べ中である午後七時前ころ、松井次雄は係長から『接見の申入れがあるが調べはどれくらいで終わるか。』と聞かれ、『三〇分くらい』と答えている。)」とそれぞれ訂正し、同二七枚目表三行目の「など」の前に「『会えるようになったら連絡する。』」を加え、同裏一二行目の「確認等しておらず、」を「確認をみずからしたわけではないが、部下らによる取調べの進行状況等は把握していたものであり、」と訂正する。

7  原判決二八枚目表三行目の「八時三〇分頃から取調べを受け、」を「八時四〇分ころから同一一時ころまで取調べを受け(この取調べも、松井次雄が前日からの予定に従って、午後の送検に備えて行った。)」と、同表五ないし六行目の「接見を挟んで、正午近くまで取調べが続いたのち」を「接見の後」と、同表一一行目の「二四日」を「二五日」と、それぞれ訂正し、同裏九行目の「と述べ」の前に「『捜査の必要があるから待ちなさい。』『会えるようになったら連絡する。』など」を加え、同二九枚目裏二行目の「被告上田保」から七行目末尾までを「上田保から被控訴人らの接見申入れを連絡された時には右の取調べ中であることを把握しており、また上田保をして午前一一時一〇分から接見を認める旨告げさせた時には、右取調べが間もなく終了することを確認させていた。」と訂正する。

8  原判決三〇枚目表一〇ないし一一行目の「国民救援会か」を削り、同裏二行目の「接見を求めた際」の次に「(午前六時五五分ころであった。)」を、同裏四行目の「その時点」の次に「(午前七時ころ)」を、同裏九行目の「赴いた時点」の次に「(午前七時四〇分ころ)」を、それぞれ加える。

9  原判決三一枚目表二行目の「弁護人または弁護人となろうとする者」の次に「(以下『弁護人等』という。)」を加え、同表七行目の「右法条は」から同裏三行目末尾までを削り、これに代えて左記を加える。

「 被控訴人らは、同条三項が憲法三四条、国際人権B規約、被拘禁者保護原則に違反する旨主張するので検討する。

憲法三四条前段は、何人も直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留・拘禁されることがない旨を規定しているが、刑訴法三九条一項は、この趣旨にのっとって定められたものであり、この弁護人等との接見交通権は、身体を拘束された被疑者が弁護人の援助を受けることができるための刑事手続上最も重要な基本的権利に属するものであるとともに、弁護人からいえばその固有権の最も重要なものの一つであることは、最高裁昭和四九年(オ)第一〇八八号同五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号八二〇頁(最高裁杉山事件判決)が判示しているところである。しかしながら、憲法は、国民生活の基盤となる法秩序を維持するための国の刑罰権(したがって、その行使のための捜査権)の存在を当然の前提として認めており、その上で捜査権と人権との関係の大枠を定めているのであるが、被疑者の身柄拘束の制限時間内における捜査権の行使と、その時間内における接見交通権の行使の二つは、制限時間が短いほど深刻な対立関係に立たざるをえないのであり、憲法自体がその優劣関係を定めていない以上は、法律によって両者の調整を図らざるをえないのである。憲法は、右の調整を憲法の精神を踏まえた上での立法政策に委ねたものと解するほかはない。そして、最高裁杉山事件判決が判示するように、身体を拘束された被疑者の取調べについては時間的制約があることからして、弁護人等と被疑者との接見交通権と捜査の必要との調整を図るため、刑訴法三九条三項の前記の規定が設けられているのであるが、弁護人等の接見交通権が憲法の保障に由来するものであることにかんがみれば、捜査機関のする接見等の日時等の指定は、あくまで必要やむをえない例外的措置であって、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限することは許されるべきではないのである。換言すれば、弁護人等による接見交通権を尊重しつつ、これにつき、捜査の必要上やむをえない例外的場合に、防禦権の不当な制限とならない範囲で、法律上の制約を設けることは、憲法の許容するところであると解される。また、刑訴法三九条三項が、接見の日時等の指定を捜査機関の権限としている点も、限られた身柄拘束時間内における迅速を要する手続であるため、取調べ状況等を把握している捜査機関側に第一次的な判断権を与えることは、必要やむをえない方法であり、その判断ないし措置の誤りに対しては裁判所に対する準抗告(刑訴法四三〇条)による是正の途が用意されていることを考慮すれば、許容限度内のやむをえない立法ということができよう。したがって、刑訴法三九条三項の規定は、同項にいう『捜査のため必要があるとき』を右の趣旨で限定的に解釈する(その内容については、次に述べる。)限り、憲法三四条に違反するものではない。また、国際人権B規約一四条三項bは、わが刑訴法三九条一項と同趣旨の規定であり、さらに、被拘禁者保護原則の定める接見交通権の制約が極めて限定的かつ厳格であることは被控訴人ら指摘のとおりであるが、刑訴法三九条三項の規定について上記の解釈態度をとる限り、右国際条約等にも抵触しないということができる。

ところで、刑訴法三九条三項にいう『捜査のため必要があるとき』の意義及び同条項の但書に合致すべき接見の日時等の指定のあり方に関する判例理論の到達点の概要は、次のとおりである(最高裁杉山事件判決のほか、最高裁昭和五八年(オ)第三七九号、第三八一号平成三年五月一〇日第三小法廷判決・民集四五巻五号九一九頁=最高裁浅井事件判決及び最高裁昭和六一年(オ)第八五一号平成三年五月三一日第二小法廷判決・裁民一六三号四七頁=最高裁若松事件判決等参照)。

『(一)  捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があったときは、原則としていつでも接見の機会を与えなければならないのであり、これを認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防禦の準備をすることができるような措置をとるべきである。

(二)  右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合としては、捜査機関が、弁護人等の接見の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち合わせているというような場合がこれにあたるが、更にそのような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含む。

(三)  弁護人等の必要とする接見を認めたのでは捜査機関の現在の取調べ等の進行に支障が生じたり又は間近い時に確実に予定している取調べ等の開始が妨げられるおそれがあることが判明した場合には、捜査機関は、直ちに接見を認めることなく、弁護人等と協議の上、右取調べ等の終了予定後における接見の日時等を指定することができる。

(四)  右(三)にあたる場合であっても、捜査機関は、弁護人等ができるだけ速やかに接見を開始することができ、かつ、その目的に応じた合理的な範囲内の時間を確保することができるように配慮すべきである。そのため、弁護人等から接見の申出を受けた捜査機関は、直ちに、当該被疑者について申出時において現に実施している取調べ等の状況又はそれに間近い時における取調べ等の予定の有無を確認して具体的指定要件の存否を判断し、右合理的な接見の時間との関連で、弁護人等の申出の日時等を認めることができないときは、改めて接見の日時を指定してこれを弁護人等に告知する義務があるというべきである。』

これに対し、控訴人は、捜査のため必要があるときとは、捜査全般から見ての必要性(非限定説・捜査全般説)ないし具体的必要説に基づく解釈が正当であって、最高裁判例の内容も未だ明確でないと主張するのであり、裁判例の性質上、前記各判決が刑訴法三九条三項の規定に関するあらゆる場合を網羅的に判断したものでないことは、いうまでもない。しかし、最高裁判例が、捜査の必要に基づく接見交通権の制約を、あくまでも必要やむをえない例外的場合にのみ許容するとの解釈を採っていることは明らかで、抽象的、広汎な基準による制約を承認する趣旨とは解されない。したがって、最高裁杉山事件判決及びその後の下級審裁判例の趨勢からして、遅くとも本件の当時においては、右判例理論(一)、(二)の考え方が確立されていて、捜査機関もこれを遵守すべき法状況となっていたものと解される。また、最高裁浅井事件判決及び最高裁若松事件判決は、本件の後に言い渡されたものであるが、その趣旨とするところは最高裁杉山事件判決において右判例理論(一)として示されていたのであり、少なくとも、接見の日時等を指定をすることができる場合(指定要件を満たす場合)であるからといって速やかな接見のための日時等を指定する措置に出ることもなく放置したり、『会えるようになったら会わせるから待て。』というような合理性を欠く対応に終始したり、取調べ等につき時間の調整等が可能であるのにこれを怠って長時間にわたり接見を認めようとしないなどすることは、本件の当時においても、接見指定に当たる捜査機関としては違法な措置であったというべきである。」

10  原判決三一枚目裏四行目冒頭から同三二枚目裏末行までを次のとおりに改める。

「1  これを本件についてみると、まず、一一月二四日午前七時ころ以降は、被控訴人田邊匡彦が綾正博の弁護人となろうとする者として接見を申し出ていたのであるから、髙巣刑事官らは、原則として直ちに接見の機会を与えるべきであるが、この時は綾正博を含む留置人らが起床したばかりの時間帯であり、八幡署留置場の設備や看守の人数との関係上、少人数ずつ洗面、布団の片付け等をしたり、順次に朝食の配膳や片付け等をしなければならなかった(この点は原審証人上田保、同髙巣久人の証言により認められる。)ため、直ちに接見させることが物理的に困難というに近い状態であった上、前認定のとおり綾正博に対しては朝食後なるべく早く指紋採取や写真撮影等を行った上(そのために被疑者の身柄を必要とすることは、いうまでもない。)引き続き取調べに着手する(取調べのために県警察本部の警察官が来署した。)段取りとなっていたというのである。そして、髙巣刑事官は、上田保ら八幡署の幹部らと協議をし、綾正博に対するその後の取調べ予定等を確認するなどして、接見指定の要件を判断したり接見時刻を検討するためにも、若干の時間が必要となることはやむをえないところである。したがって、髙巣刑事官が午前七時二〇分になって接見指定をする措置に出た点は(その間の対応に多少適切を欠くところがあったにせよ)、間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、直ちに接見を認めたのでは右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合として、違法とはいえないし、接見申入れのあった時から若干時間を要したことも違法とまではいい難い。午前七時四〇分ころに同様の接見申入れをした被控訴人尾崎英弥に対して、そのころ、髙巣刑事官が行った接見時刻の指定をした点も、右同様に違法ということはできない。

しかし、髙巣刑事官らがした接見時刻を同日午後四時とする指定は、同日の綾正博に対する控訴人ら主張の取調べ状況等を考慮に入れても、また前認定の同日の取調べ等の経緯に照らしても、被控訴人らが長時間の接見を強く求めたというならともかく、右指定時刻より前(例えば、午前中の取調べの合間や、その終了後など。)に接見のための時間を割くことができなかったとは認めることができない。したがって、髙巣刑事官らが被控訴人両名に対して午後四時に接見させるとの接見日時を指定した処分は、刑訴法三九条三項の解釈・適用を誤った違法なものであり、右指定処分は被控訴人らの準抗告申立てによる裁判所の決定により取り消され、被控訴人らは右決定に基づいて午後一時三〇分ころから一五分間、綾正博と接見したが、本来なら適切に指定されるべきであった時刻と右接見時刻との間は、不当に接見を妨害されたものというべきである。」

11  原判決三三枚目表四行目の「などといって」の前に「『会えるようになったら連絡する。』」を加え、同表一〇行目の「髙巣久人刑事官」から一一行目の「確認しないまま」までを「夕食及び休憩の時間帯であり、午後五時三〇分ころから就寝時間の若干前(午後七時三〇分ころ)までの取調べが予定されていたものの、午後四時三〇分まで行われた取調べの際も綾正博が黙秘を続けていて供述調書も作らない取調べが断続的に行われていた状況であり、当初に予想された実況見分も行われないこととなり、髙巣刑事官としても夕食後の取調べを早めに終わらせて接見をさせようとの意図を有していた(原審証人髙巣久人の証言により認められる。)のであるにもかかわらず、直ちに又は取調べ再開前に接見させなかったばかりか、接見時刻の指定をするでもなく、『捜査中』を理由に会わせようとせず、『会えるようになったら連絡する。』と伝えるだけで被控訴人らの接見申入れを放置し」と改める。

12  原判決三三枚目裏一二行目の「取調べを受けていた」の次に「(同日午後に予定された検察官送致を控えた取調べが開始されて間がない時であり、やがて綾正博の氏名等も判明し取調べが新たな段階に入る可能性のある状況でもあって、取調べが一段落するまでは中断することも難しかったと認められる。)」を加え、同三四枚目表二行目の「刑事官は」から同表八行目末尾までを「同刑事官らは接見指定のための適切な措置をとることなく、会えるようになるまで待つようにと不合理な対応をしたに止まり、取調べが終了した午前一一時ころになってようやく接見を認めるに至ったものである。したがって、髙巣刑事官らの対応は、刑訴法三九条三項の法意にかんがみて違法というべきであるが、右の取調べの状況に照らすと、仮に接見申入れの時点で適切な接見指定がなされたとしても、午前一一時より前の時刻の指定を受けることは困難な場合であり、その間に接見ができなかったこと(接見の遅延)自体は、同刑事官らの違法行為とは関係がないこととなる。」と改める。

13  原判決三四枚目表末行の「行ったもので」の次に「接見交通権の濫用で」を加える。

14  原判決三五枚目表五行目の冒頭から同三六枚目表二行目までを左記のとおりに改める。

「 しかし、刑訴法三九条三項の解釈及びこれに基づく捜査官の行為規範については、最高裁判例等を引用しつつ前述したところであり、本件当時における捜査担当公務員としては、それらを遵守すべきであったことも既に判示したとおりであるから、控訴人の主張は採用することができない。

また、本件における捜査責任者が髙巣久人刑事官であったこと及び警務課長上田保は同刑事官と協議しつつその指示を被控訴人らに伝達する役割を担っていたことは、先に認定したとおりである。そして、本訴においては、被控訴人らは上田保を共同被告として訴えを提起したが、控訴人の国家賠償法一条一項の規定に基づく責任原因としては、上田保の違法行為のほか、同人と共同して違法行為を行った髙巣久人の行為をも主張しているのであるから、上田保に接見指定についての最終的責任がなかったとしても、控訴人は同法条に基づく責を免れることはできない。」

15  原判決三六枚目表七行目の冒頭から同裏初行の末尾までを削り、同裏二行目の「認定した事実」の次に「(昭和六〇年一一月二五日午前中の事実を含む。)」を加える。

二以上のとおりで、原判決はけっきょく相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官友納治夫 裁判官足立昭二 裁判官有吉一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例